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「左遷」の由来となった人物は?【ことば検定プラス】 答え林修

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「左遷」の由来となった人物は?

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「ことば検定プラス」今日の問題

「左遷」の由来となった人物は?

    項羽と劉邦

    劉備と曹操

 緑   右が抜くほう、左は抜かれるほう

 

ことば検定プラスの答え

答えは     項羽と劉邦

ヒント: ネットで見つかったヒントと予想できる答えをお知らせします   

項羽は劉邦に、へき地として知られていた漢中を与えました。漢中は咸陽の西、地図上では左にあたるため「劉邦を左に遷す」と言ったということで、これが左遷の語源になったのです。  https://middle-edge.jp/articles/SJcwb

 緑  はというと、「車線」だそうです。
「三文字の短いのは作りにくいという事情を考えて、これ以上は何も言わない」という厳しい林先生ですが…スタッフさん、グッジョブですよ!

 

【ことば検定プラス】答えの解説

ここから答えの解説です。

左遷の由来

中国の王である項王は、ライバル王に漢中という領土を与えました。

項王は項羽(こうう)のこと、与えられたライバル王が、劉邦(りゅうほう)です。

上記の出来事は、劉邦を左に遷す」と記述されました。

それが「左遷」の由来です。

元々、「右を尊び左を卑しむ」という考えが、中国にはあったといいます。左に行くのは、格下げだったのですね。

官位の降格は、それ以来「左遷」と呼ばれるようになり、その言葉が日本に入ってきて、日本でも同じ意味で定着しています。

今でも使われる「左遷」ですが、由来は古いものだったのですね。

項羽とは

項羽 前232‐前202
中国,秦末に,劉邦(漢高祖)と天下を争った英雄。叔父項梁とともに挙兵し、漢王劉邦と呼応して秦都咸陽を攻め、秦を滅ぼし、自立して、西楚の覇王となる。後、劉邦と天下の覇権を争ったが、垓下の戦いで大敗、烏江で自殺した。

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