甲子園のグラウンドは戦時中何に変わった?【ニュース検定】答えと解説池上彰 - まるまる録

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甲子園のグラウンドは戦時中何に変わった?【ニュース検定】答えと解説池上彰

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ニュース検定の答えと池上彰の解説をリアルタイムでお知らせします。
ニュース検定の時間は、7時50分頃。テレビ朝日の朝のニュース番組「グッドモーニング」で放送です。

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池上彰のニュース検定

今日の問題と答えです。池上彰さんの解説も追記します。

今日の「ニュース検定」のキーワード

キーワードは  野球とデモクラシー

 

ニュース検定の問題

*問題*

甲子園のグラウンドは戦時中何に変わった?

    飛行場

    射撃訓練場

 緑   イモ畑

 

ニュース検定の答え

答えは  緑   いも畑

時中甲子園球場はスタンドが高射砲陣地になり、グラウンドはイモ畑だった。--J-CAST

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池上彰の解説

ここから池上彰さんの解説です。

甲子園球場グラウンドはイモ畑に

夏の甲子園は1942年から数年間中断されました。

戦時中甲子園球場は、日本軍が接収、グラウンドはイモ畑となりました。

野球より食料が優先だったのです。

外野部分は、軍用トラックの駐車場として利用されました。

試合は、1年後に西宮球場で再開

 

野球の試合は、終戦から1年後に46年8月に再開されました。

GHQは軍国主義の武道を排除する一方、野球はデモクラシーを進めると考えていたからです。

ただこの時は西宮球場で行われました。

アメリカ軍が”遊び場”に

なぜかというと、甲子園球場は、アメリカ軍が、自分たちの遊び場として利用していたからです。

GHQは終戦から1年ほどたった1945年には、10月3日に甲子園球場を取り上げました。

それ以来アメリカ軍が使用し、野球やソフトボールをほぼ毎日行っていました。

またアメリカンフットボールの試合にも利用し、3試合で3万5千人~4万人の観客が集まったとされます。

それに対して、甲子園球場の持ち主である阪神電鉄は粘り強く交渉。

1年後の1947年1月に甲子園球場を取り戻し、春の選抜が行われました。再び甲子園球場に球音と歓声が響くようになったのです。

それではまた明日!

・「ことば検定」と「お天気検定」過去問はこちらから
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