青葉真司容疑者の意識戻る 父は自殺の経歴 京アニは実名報道の自粛要請 - まるまる録

事件

青葉真司容疑者の意識戻る 父は自殺の経歴 京アニは実名報道の自粛要請

更新日:

青葉真司容疑者の父親は自殺で亡くなっています。青葉容疑者による京都アニメーションへの放火で34人が亡くなりました。

青葉容疑者の経歴から犯罪に至る道筋を探ります。

スポンサーリンク

青葉真司容疑者の子ども時代

青葉真司容疑者は幼少時は茨城県の常総市で、父親と暮らしていました。

青葉容疑者の父親の職業は、元市議会議員の運転手や幼稚園バスの運転手などをしていたと伝わっています。

青葉容疑者の複雑な家庭

青葉容疑者の父は、運転の仕事の幼稚園バスが縁で、職場の幼稚園で働いていた女性と結婚、6人の子どもをもうけたたものの、父親は自分の子供を担当していた幼稚園教諭とさらに不倫関係になったといいます。

そのため、前妻とは離婚。その幼稚園教諭と再婚しますが、それが青葉真司容疑者の両親です。

前妻には6人子どもが居るため、青葉容疑者の異母兄弟ということになります。

しかし、10年経って、青葉容疑者の父母も離婚となり、青葉容疑者は父親と兄、姉と暮らします。

小学校の卒業文集には趣味は「テレビゲーム」将来の夢は「大金持ち」と書いていたそうですが、生活が苦しかったとされます。

中学二年生の頃になると、父親は真面目に働かず、家賃滞納でアパートを追い出されるなどしていました。

埼玉県庁での勤務態度は「まじめ」

中学時代は不登校で、いじめにあいますが、その後県立浦和高校の定時制に入り、在学中に埼玉県庁の非常勤職員として勤務していました。

この時の職種は「メールボーイ」というもので、庁舎の各部署や出先機関を回り、行政文書などを集配するという仕事内容でした。仕事を終えると、高校の夜間部に通い、欠勤や遅刻もなく、「まじめ」で「明るく働いてくれた」と当時の上司の女性は話しています。

非常勤職員だったため、契約が終了。その後は、住まいを転々としながら、コンビニ店などで働いたといいます。

それでも2006年頃までは、何の問題もなかったことを、当時のアパートの大家さんが話しています。

 

青葉真司の父親は自殺していた

父親が自殺したのは、青葉容疑者が21歳の時。「生活苦から」であったと報じられています。

自殺の様子は、青葉容疑者どうかわかりませんが、自宅で刃物で自ら命を絶ったようで、血の海の中に、子どもたちが呆然と立っていたという様子を週刊誌が伝えて居ます。

青葉容疑者は30代から異変が

30代になると青葉容疑者には問題行動が頻出するようになり、下着泥棒で逮捕、さらには、コンビニ強盗にも手を染めるようになっていきます。

あるいは、身近にいたお父さんの自殺が、青葉容疑者の精神状態に影響を及ぼしたということもあるかもしれません。

それまでの職場での評判は、真面目ておとなしいといった話が多く、けっして悪いものではなかったようです。

「社会で暮らすことに嫌気」

「仕事上で理不尽な扱いを受けた」「社会で暮らしていくことに嫌気がさした」

30代の青葉容疑者は、それらのことを周囲に語っており、おとなしくまじめだった青葉容疑者が、ある時から変わっていったようです。

犯罪に手を染め、刑務所で服役もするようになります。そして、出所後も奇行が続くこととなります。

アパートの壁に穴が

出所してから住んでいた茨城県のアパートでは、夜中に目覚ましを鳴らし、その時間にバイクで外出。家の壁はハンマーで穴をあけ、窓ガラスも割れ、パソコンの液晶画面も粉々に砕かれているという状態でした。

また。病名は明らかになっていませんが、精神疾患の病歴もあったらしく、今回の「小説を盗まれた」という放火の動機自体が、京都アニメーションの八田社長が「思い当たるところがない」という通り、何らかの妄想による可能性もあります。

青葉真司容疑者の意識戻る

26日午後には、青葉容疑者の意識が戻ったとの知らせがありました。

しかし、意識は戻ってもなお命にかかわる容体が続いていることには変わりなく、京都府警は現段階では逮捕状は執行せず、青葉容疑者の回復を待って逮捕するということです。

京アニ犠牲者34人の身元判明

また、京都アニメーションで亡くなった人34人は、身元がすべて判明しました。

マスコミに名前が出ている人もいますが、京アニの社長は葬儀が終わるまでは、名前を公表しないという方針を発表しています。

tankakanren

-事件
-

error: Content is protected !!

Copyright© まるまる録 , 2019 All Rights Reserved Powered by STINGER.