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【ニュース検定】日本政府が産児制限に動いたのはいつ?/池上彰/答えと解説

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テレビ朝日の朝のニュース番組「グッドモーニング」の「ニュース検定」の今日の問題と答えを、池上彰さんの解説と共にお知らせします。

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池上彰のニュース検定

今日の問題と答えです。池上彰さんの解説も追記します。

今日の「ニュース検定」のキーワード

キーワードは 産児制限 です

ニュース検定の問題

*問題*

日本政府が産児制限に動いたのはいつ?

    太平洋戦争中

    戦後まもなく

 緑   オイルショックの時

 

ニュース検定の答え

答えは     戦後まもなく   です。

 

池上彰の解説

日本は今、先進国の少子化に悩まされていますが、戦後間もない頃は、爆発的な人口増加の現象がありました。

戦後、戦地から戻ってきた若者たちが、多くの子供をもうけました。

そして、1947年から第1次ベビーブームが始まったのです。

第1次ベビーブーム

第1次ベビーブームは1947年から49年の3年間、出生数は年間250万人以上になりました。

そこで、1948年に政府が産児制限に動き出しました。

このまま人口増加が続くと、食料不足や失業問題が深刻化すると考えたからです。

優生保護法の設立 1948年 

国会では、1948年に人工妊娠中絶が可能とする優生保護法を設立。

その結果、中絶をする人は一気に増えました。

さらに農村部などで避妊についても説明するなどの活動が始まりました。

産児制限はGHQ の意向

産児制限はじつは、GHQ の意向とも言われています。

当時は、人口が増えれば貧富の格差が広がり、共産主義思考が増える恐れがあると考えたそうです。

そして、一般にも、産児制限によって、子供の数は少なくとも大事に育てるという価値観がこれによって広まることとなったのです。

終りに 池上彰さんの解説を聞いて

今の時代だったら、人がたくさんいる方が豊かである、という考えになりますが、当時のまだ日本が豊かでない時代には、子だくさんは歓迎されなかったというのは悲しいですね。

それにしても、こんなに人口減少が進んでしまうとは、その頃には思ってもみなかったでしょう。

 

それではまた明日!

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