国分太一の連帯責任発言 山口達也メンバー強制わいせつ書類送検に アルコール依存症なら逆効果 - まるまる録

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国分太一の連帯責任発言 山口達也メンバー強制わいせつ書類送検に アルコール依存症なら逆効果

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TOKIOの山口達也メンバーが強制わいせつで書類送検となった件で、同グループメンバーの国分太一さんがが、番組内で、「連帯責任でどんな処罰でも受ける」と話したというニュースを読みました。

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「連帯責任でどんな処罰でも受ける」

人気グループ・TOKIOの国分太一が、26日放送のTBS系『ビビット』(月~金 前8:00)に生出演し、強制わいせつ容疑で警視庁に書類送検された山口達也(46)についてコメント。同じグループとして「連帯責任でどんな処罰でも受ける」と思いを打ち明けた。
26日放送のTBS系『ビビット』(月~金 前8:00)に生出演し、強制わいせつ容疑で警視庁に書類送検された山口達也(46)についてコメント。同じグループとして「連帯責任でどんな処罰でも受ける」と思いを打ち明けた。 

同じグループですから、「連帯責任」として擁護したい気持ちはわかります。

しかし、それは通常の状態の、普通の仕事仲間や友人関係でのことであって、もし山口さんが、アルコール依存症だということでしたら、場合によっては逆効果です。

アルコール依存症かどうかに関しては

国分さんの番組中の談話の中でアルコールに関しては、

堀尾正明から「山口さんは体にお酒の問題を抱えていて、病院に通っていたという報道を見たんですけど、知らされていましたか?」と聞かれた国分は、「そこまで詳しいことは聞かされていなかったんですけど、実際に病院に行ってお酒と向き合っているという話は聞いたことがあります」と打ち明けた。
 山口の酒の飲み方についてテリー伊藤が尋ねると、国分は「最近は一緒に飲むことがなくなってしまいましたけど、お酒が好きなのは間違いないし、自分の中でお酒につられてしまうところがあるからこそ、病院に通っていたと思うんです。そこで断絶したい気持ちもあったとおもうんですけど、なかなかできなかった」と説明した。 

のように、アルコールに関する問題で、通院の事実があったことを話しました。病名は明かされてはいませんが、内容からアルコール依存症である事が十分推測できます。

サポートする側の経験のある私から見ますと、残念ながら見慣れた病態とその記述であり、そのような周辺の人の談話も、アルコール依存症に関わる人として、やはり特徴的です。

アルコール依存症の場合は「連帯責任」は逆効果

アルコール依存症で、病院に通院するということは、本人が進んで行くということはそれほど聞かないですね。
それまでにも何らかの問題があり、本人よりも、周囲が見かねたり困ったりして、受診を勧めるということが大半です。

つまり、受診を余儀なくされているという時点で、相当長い時間が経っていることが予想されます。

断酒させたいのは誰か

もし、本人が進んで受診したという場合は、他の人が勧めたのよりも、断酒は比較的容易です。

しかし、国分さんの言葉に「そこで断絶したい気持ちもあったとおもうんですけど、なかなかできなかった」とありますね。


断絶したい気持ちもあったとおもうんですけど」というのは、これは主語は国分さんであって、山口さん本人ではない。

アルコール依存症の断酒というのは、そう簡単なものではありません。周りはそうさせたい。やめようと思えば簡単にやめられるだろう、あるいは友人の私が言ったら、相手もわかるだろう、と思うのです。

しかし、本人はできないということで、問題が大きくなり、それが本人のストレスとなって、依存症それ自体が悪化することが、アルコール依存症においては既にパターン化されています。

そのような周りの人との関係を表す一つの言葉が「共依存」というものです。アルコール依存症の人がいる場合には、周囲は病気に対する理解を含め、それに沿った対応を行うことが何より大切になってきます。


悪化する人間関係

アルコール依存症の人のいる家庭では、お酒の問題が起きれば、家族は本人を説得します。そして家族がこれだけ苦しんでいるのだから、それを見て本人はお酒をやめるだろうと期待するのです。

しかし、アルコール依存症の人は、基本的にお酒はやめられないのです。

家族は時々「私たちよりも、お酒が大事なの?」という問いかけをします。

しかし、その通り、アルコール依存症の人にとっては、家族より何より、お酒が大事なのです。

すると、家族は私たちがこんなに苦しんでいるのに、なぜお酒をやめてくれないのだろう、自分たちの言っていることを全然聞いてくれないし考えてもくれないということになって、深く傷ついてしまうのです。

アルコール依存症の人の問題とには、そのような人間関係の悪化が必ず付きまといます。ですから、離婚を経験する人が少なくないのです。

人間関係の悪化が依存症の悪化を招く

これは家族ばかりではなく、その他の人間関係についても同じことです。自分を大切に思ってくれる人の助力や助言を何度も裏切った挙句、そのたび、また一人、また一人と大切な人が去っていきます。

そうすると、その絶望感を紛らわせるために、依存症の人は、飲酒癖をいっそう深めていくことになります。

助言をした友人の方は、心は深く傷つきます。しかし、そのために身を滅ぼすということはないでしょう。

しかし、病者であるアルコール依存症の人は、それで心を荒廃させ、一層の破滅への道を加速することになのです。それを周りの人はよく知っていないといけません。

ですので、依存症の人に接する人は、治療に協力はしても、患者さんのどのような行動によっても、対応を変えない人が望ましいのです。

関係維持の難しさ

通常はプロでないと難しいです。というより、精神科医や治療者の中でも「二度とアル中の患者は診たくない」というほど、自己愛の傷つきを受けてしまう人もいます。

不幸にして、そのようになってしまった場合には、依存症の患者さんには、「治療者に見放される」という、最悪の事態にも逢わなければならなくなってしまうのです。

治療者側は、他の普通の人よりも、最後の砦である「治療者に見放される」ことのむごさを知っていますから、最大限に努力はするのですが、それでも、どうしても関係が維持できずに、自責感に苛まれる医療者も少なからずいます。
それだけアルコール依存症の人との関係の維持は困難がつきまといます。

断酒会で語られる「底つき体験」

アルコール依存症を治すのには、同じアルコールの問題を持つ人たちが、断酒会に参加をして、体験を話し合うという場があります。「言いっぱなしの聞きっぱなし」ということで、批判や説教は一切なしということになっています。

そこで語られるのが「底つき体験」というものです。自分は家族にも友人にも、職場にも見放された、そして健康も失い、経済的にもひっ迫している。
何もかもなくした、それが「底つき体験」です。

何もかもなくして、もう失うものはない、そうなって初めてアルコール依存症の治療のスタートラインとなるのだと言われます。

まとめと私見

もし、山口達也さんがアルコール依存症だったとしたらですが、周りの人は、あたたかい気持ちを持って、それからできるだけアルコール依存症の人に適した対応をとっていただくのがいいと思います。

「もう、飲まないでね」と言った傍から「また飲んじゃったの!どうして!あんなに言ったのに」の繰り返しとなって、愛想をつかすというようなことには、巻き込まれないことが大切です。
結局、それを経験している人自身が、その状態で心身を荒廃させてしまい、相手のサポートが不可能になってしまうのです。
依存症の患者さんには見返りは期待しない、言ったことを実行することも期待しない、相手が期待した通りに振舞わなくても、態度を変えない。
そして、基本的に自分でしたことは自分で責任を取らせることです。

人は他人の尻ぬぐいを無限にし続けることはできません。繰り返されればどこかで放棄することになります。その人との関りを保ち続けたいなら、肩代わりはしないことです。

依存症の患者さんのサポートができる人は、それができる人に限られます。
対人関係を伴う精神障害の患者さんへの対応は、一様に難しいものなのですが、最大限に助力の手を差し伸べてもできることは限られています。
いくら相手に愛情があっても、癌が治るわけではありません。基本的には、アルコール依存症とて、それと同じ「病気」の一つに過ぎないのです。
対人的な精神障害でないにも関わらず、アルコール依存症の治療が難しいのは、依存症本体でもなく、依存症の人本人ではなくて、関わる方の人にそう思わせるところにあると言えるでしょう。
アルコール依存症の人に対しては、適切な距離を保ちながら見捨てないという気構えが大切です。

アルコール依存症から回復したコラムニストの新刊です。楽しく書かれています。

 

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