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村上龍の「コインロッカーベイビーズ」が舞台作品になっていた

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コインロッカー・ベイビーズ再演決定、異例の挑戦も

村上龍の、あの「コインロッカーベイビーズ」が舞台作品になっていたとは知らなかった。

この作品が舞台になるというのが、想像しにくい。
欲を言えば、映画であってほしかったとも思う。

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物語の舞台のロケーション

なぜって、場所は長崎の島。炭鉱跡が近くにあるとすれば、軍艦島にも似た景観でのロケが楽しめたと思う。

バックバンドを従えたステージ、海洋実習での船の場面、海外でのダイビングと来れば、映画には格好の題材であったろうと思うのだ。

そして、新宿。

当時は地方住まいだった私は、これを読んだ最初の頃、その封鎖エリアが実際にもあるのだと思い込んでいた。
そして、東京住まいの人と聞けば、「あの、新宿のこの辺りに、こういう場所があるのですが」と、「薬島」の存在を確信の上尋ねていたものだった。


橋本良亮と河合郁人が交替でハシとキクを

キャストを見ていると、物語がひたすら懐かしいが、俳優が何しろイケメン揃い過ぎるうらみがある。不遇な育ちの子どもたちの雰囲気をはずれるほどに。

ともあれ、橋本良亮と河合郁人が、キクとハシを交替で演じるというのだから、ちょっとびっくり。

1人は陸上選手、体育会系。もう一人は気弱だが、抜群に歌がうまいロックシンガー。
キャラクターが違うのだが、だいじょうぶかな。

村上龍の文学と共に

思い出すと意外なことに、自分が村上作品のファンだったことに改めて気が付く。

デビュー作「限りなく透明に近いブルー」の時は、私はいくつだったのだろうか。
小学生か中学生か。学校へ行く前に、朝のNHKのニュースにサングラスをかけたヒッピー風の男の人が座っているのは、子供ながらに印象深かったのを憶えている。

長じて読んだ、「限りなく透明に近いブルー」、そのあとの「海の向こうで戦争が始まる」はどこか叙情的な感じの作品だった。

「コインロッカーベイビーズ」の凄さ

そして、この「コインロッカーベイビーズ」は、文庫本の上下巻が擦り切れそうになるくらい読んだと思う。
キクとハシ、アネモネの三人は物語の登場人物とは思えない存在感だった。

キクとハシそれぞれを取り巻く少年院の院生や浮浪者仲間、音楽業界の面々を含めて、彼らの半生を追う物語は圧倒的なエネルギーに満ちていた。

テロリズムを予感させる最後はいわゆる良書とはいえないのかもしれないが、「かわいそう」が常の私も、何も悲しむことはない。
不遇な彼らへの憐憫も最後まで起こらないのが不思議だ。

現代社会の閉塞感にもつながるコインロッカー、その中での死と再生がこの物語の主題だ。

作中人物への共感と同一化

両親が離婚してかえりみられなかった私はキクだったし、その後母の再婚で連れ子となった私はハシだった。
母の愛人と同席して彼女と同様に泣きだした私はアネモネそのものだったし、音楽の学業を中断した私は走高跳が途中になったキクだった。

「ゲッペルスとジョン・レノンの声紋が酷似していた」という箇所は今でも忘れられない。「お前に始まる家族を作れ」との少年院の刑務官のキクをさとして言った言葉も。

そうして、私もキクとハシのように生きた。そこまでは同じ。

そして、そのモラトリアムを脱した時、ハシやキクとは逆に、つまらなくも大人として歩み始めたのだったろう。

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